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横浜地方裁判所 昭和48年(行ウ)23号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四七年七月二五日原告に対してなした仮換地指定は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (原・被告の地位等)

(一) 原告は、昭和四三年一二月一七日別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を訴外松原武司から買受け、同月二六日所有権移転登記手続を経由した。

(二) 被告は、昭和四五年六月二五日土地区画整理法(以下「法」という。)に基づき神奈川県知事の設立認可を受けて成立した土地区画整理組合であり、本件土地を含む横浜市戸塚区品濃町および前田町の各一部の約五八万五〇〇〇平方メートルの地域をその施行地区としている(以下被告が施行する土地区画整理事業を「本件事業」という。)。

2  (本件仮換地指定)

被告は、昭和四七年七月二五日本件事業の一環として本件土地について別紙記載の仮換地指定をし(以下「本件仮換地指定」という。)、これを原告に通知した。

3  (無効原因その一―公簿地積を基準とした無効性)

(一) 本件仮換地指定における仮換地地積(一八九九・七六平方メートル)は、被告の定款四二条一項(換地計画において、換地を定めるために必要な従前の宅地各筆の地積は、この組合の設立の認可の公告があつた日現在の土地登記簿地積によるものとする。)に基づき、本件土地の土地登記簿(以下「登記簿」という。)上の地積を基準とし、これに被告の事業計画所定の減歩率一九・九六%を適用して算出されたものである。

(二) 本件土地の地目は殆ど山林であり、登記簿上の地積は合計二三七四・六九平方メートルであるが、実測地積は約三八〇〇平方メートルあり、登記簿上の地積の約一・六倍である。

したがつて、本件土地の実質的減歩率は約五〇%にも達する。言いかえれば、原告は、本件土地の実測地積を基準とすれば約三〇四〇平方メートルの仮換地の指定を受けたはずであり、登記簿上の地積を基準とする本件仮換地指定により、仮換地地積約一一四〇平方メートル相当の損害を被つたことになる。

(三) (照応の原則)

ところで、土地区画整理事業は、健全な市街地の造成という公共の福祉の増進を目的とする。土地区画整理組合は右の目的の達成のために公権力の行使を認められた公法人であり、その施行地区内の宅地(法二条六項)所有者および借地権者は本人の意思のいかんにかかわらず当然に組合員とされる。

このように、土地区画整理事業が施行地区全体の公共の利益に資するものであるとしても、その反面、事業の遂行は強制加入させられる個々の組合員の財産権の公権力による変更を意味するから、個々の組合員の利害関係の調整、私権の制限、費用の分担、損失の補填等は、厳正に公平かつ平等なものでなければならないところである。

法八九条一項が、「換地計画において換地を定める場合においては、換地および従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように定められなければならない。」と定めているのは、土地区画整理組合の行う各処分の中でも、特に仮換地の指定およびこれに続く換地処分が、個々の組合員の財産権の変更を最終的に確定する処分であることから、特に右の処分に関し右に述べた法全体の精神をいわゆる照応の原則として具体的に明示したものと解すべきである。

(四) (公簿地積を基準とする仮換地指定の適法要件)

そして、右照応の原則および憲法二九条三項の趣旨からして、土地区画整理は、従前の宅地の実測地積を基準として計画、実施することを原則とすべきである。例外的に、公簿地積を基準とする仮換地指定が許容されるのは、

(1) 区画整理が広汎な地域にわたり、かつ災害復興等急速な施行を必要とする事情がある

(2) 市街地のように、通常、実測地積と公簿地積との差異が小であることが予測される

(3) その他実測が極めて困難な事情がある

等の合理的理由が存在する場合であつて、

(イ) 指定を受けた者の被る損失が終局的清算により補填される場合

(ロ) 指定を受けた者が地積を実測によつて修正し、指定をこれに即して更正することを求める途が開かれている場合

のいずれかの場合に限定されなければならず、右以外の場合においてする公簿地積を基準とする仮換地指定は、照応の原則に反し、かつ正当な補償なく私的財産権を侵害するものとして違法・無効となるといわなければならない。

(五) (本件仮換地指定において公簿地積を基準とする合理的理由の不存在)

しかるに、本件においては、被告が事業を緊急に遂行しなければならない特段の事情は無く、前記(2)のように本件土地の殆どはいわゆる「縄のび」の大きい山林であつて、実測地積は公簿地積の約一・六倍に達しているのであり、かつ、被告は計画当初から施行地区全体を測量しており、被告自身あるいは各所有者が施行地区内の個別の土地を実測することは、昭和四八年に入り被告が整地工事に着手するまでは何ら困難ではなかつた(現に、原告も本件土地の購入にあたり、周辺の農地数筆を含めた測量を実施しているのである。)。故に、公簿地積を基準とした本件仮換地指定は、実測地積を基準とせずに、公簿地積を基準とすべき何らの合理的理由がなく無効である。

(六) 仮りに公簿地積を基準とすべき合理的理由があるとしても、次の事由により無効である。

(1) (清算手続規定の不備)

被告の定款には、公簿地積と実測地積との差異が大であることにより生ずる損害を清算手続によつて補填する方法は、一切規定されていない。定款四四条(清算金の算定)は、「換地清算に関して徴収又は交付すべき清算金額は、従前の土地の評定価額総額に対する換地の評定額総額の比を、従前の土地の評定価額……に乗じた額と、換地の評定価額……との差額とする。」と規定している。しかし、右条文にいう「従前の土地の評定価額」とは、定款四二条にいう「認可の公告のあつた日現在の土地登記簿地積」による評定価額を指すことは明らかであり、これを清算手続中で実測地積による評定価額に修正する方法はない。故に、公簿地積を基準とする仮換地指定により被る損失が終局的清算により補填される方途が存在しない。

(2) (換地設計基準二条但書の無効性)

(イ) 被告は、昭和四五年七月一八日、理事会において定款五四条に基づく細則としての「換地規程」および同規程九条に基づく「換地設計基準」をそれぞれ制定し、これを同月二五日第二回総会において報告した。

右換地設計基準二条は、基準地積につき「換地を定めるための基準とする従前の宅地各筆……の地積は、……定款に定める認可時の土地登記簿地積を原則……とする。但し土地登記簿地積と実際地積に大きな差異があるときは、権利者の申出により、理事が査定して定めるものとする。」と規定している。

(ロ) ところで、法は、組合を設立しようとする者は、まず定款および事業計画を定め、組合員となるべき者の三分の二以上の同意を得たうえでこれらを認可申請時に都道府県知事に提出しなければならないと規定する(法一四条、同法施行規則一条三項)。そして同法によれば、定款には「地積の決定に関する事項」が、事業計画には「減歩率」が、それぞれ定められていなければならない(法一五条、同法施行令一条一項二号、法一六条、六条一項、同法施行規則六条二項三号)。

右のように、法が「地積の決定に関する事項」および「減歩率」の制定について厳密な手続を要求するのは、これらが組合の事業の根幹をなす基本的事項であり、それが定款および事業計画に明示されることにより、組合に強制加入させられる者は、はじめてその財産権の公権力による変更の具体的内容を予知することができるからである。

すでに述べたとおり、本件定款四二条は、「地積の決定に関する事項」として、「換地計画において、換地を定めるために必要な従前の宅地各筆の地積は、この組合の設立の認可の公告があつた日現在の土地登記簿地積によるものとする。」と規定し、本件事業計画は「減歩率」を一九・九六%と定めている。すなわち、被告は、定款および事業計画において、本件土地区画整理事業が公簿地積を基準とする一九・九六%均一減歩の方式によるものであることを明示しているのである。

(ハ) しかして、定款五四条(規則への委任)は、「この定款に規定するもののほか、事業の施行に必要な事項は、細則をもつて理事が定め、総会に報告するものとする。」と規定する。

右規定は、被告の理事は「定款の定めるところにより、組合の業務を執行する」(法二八条一項)機関であることからみて、執行機関である理事が業務執行のための内部的準則を定める権限を有する旨を規定したものと解すべきである。これに反し、右規定が、執行機関である理事に対し、本来定款の記載事項であるべき事業の基本的内容や組合員の権利義務についてまで規則を制定する権限を付与したものであるとすれば、右の規則への委任は何ら法律上の根拠に基づかないばかりでなく、総会の議決権を侵害し、定款および事業計画の制定ならびに変更(法三一条)の手続を脱法するものとなり違法である(定款変更が総会の議決事項であるのに対し、本件細則制定は総会への報告事項にすぎない。)。

(ニ) そこで右の観点から前記換地設計基準二条但書についてみると、これが執行機関の内部的準則であるとは到底解することができない。かえつて、右条項を定款四二条一項但書、第二項と比較すればそれが定款四二条に対する重大な例外規定であることは明白である。しかも、右条項は、施行区域全体の縄のび率が平均二三・五四%にも達する本件事業においては、多数の組合員の権利に著しい影響を及ぼし、ひいては事業計画に定める減歩率の修正を余儀なくさせるほどの重要な例外規定なのである。

このように、理事が定款に定められた「地積の決定に関する事項」および事業計画の「減歩率」を総会の議決を経ずに一方的に変更することは、理事の職務権限の範囲を超え、法一五条、一六条、三一条等の手続を脱法するものであり、この点において換地設計基準二条但書は無効である。

したがつて、結局、公簿地積を基準とする本件仮換地指定は、地積を実測によつて修正し、指定をこれに即して更正する余地がないことに帰する。

かようにして、本件仮換地指定は、公簿地積を基準とする仮換地指定により被る損失が終局的清算により補填される方途が存在せず、かつ、地積を実測により修正し、指定をこれに即して更正することを求める方途がないのに、公簿地積を基準としてなされたものであるから無効である。

4  (無効原因その二―適正な手続によらない公権力の行使)

公権力の行使は、法律の定める適正な手続によらなければならない(憲法三一条)。しかし、前述の換地設計基準の制定経過、後記原告との交渉経緯、設計基準二条但書の秘匿等の事実に照らせば、本件仮換地指定が適正な手続によらない公権力の行使であることは明白である。

すなわち、

(1) 本件事業は、昭和四一年頃の計画立案の段階から、業務の一切を新一開発株式会社に委任することが予定されていた。同社は、工事の必要資金の総額を一一億四八〇〇万円と見積り、資金調達のため、施行地区の縄のび分の全部と公簿上地積の二〇%との合計を保留地として処分する計画をたてた。また同社は、宅地所有者の不安や不満を解消させるため、宅地所有者の代表に対し、「同社が本件事業につき委任を受けた場合には、二〇%の減歩率は必ず維持する。将来工事費の増加事由が生じても減歩率を上昇させず同社がこれを負担する。」と公約していた。

(2) その後本件事業は、当初の予定どおり同社の主導権の下に進行したが、同社首脳は、縄のびはすべて保留地に繰入れ公簿地積により均一減歩を行なうという本件方式が、憲法二九条に違反することを知悉していた。しかし、「実測した地積により得る途」を定款中に明示すれば、地積修正を申し出る者が続出し、公簿地積による均一減歩方式の維持自体が困難となるのみならず、前述の公約により同社の利益を著しく減少させることが十分に予測された。

このため、同社は、定款の作成に際し「実測した地積により得る途」をあえて四二条から除外し、五四条による換地規程への委任、換地規程から換地設計基準への再委任という迷路のような方式を考察したのである。その結果、組合員は公簿地積による一律減歩に不満を抱いても「実測した地積により得る途」を知る由もなく(原告は、昭和四八年一二月一八日の本件口頭弁論期日まで右換地設計基準の存在を知らなかつた。)、現在までに換地設計基準二条但書による申出を行つた者は皆無である。

(3) 原告は、被告組合設立後、再三にわたり被告に対し公簿地積による均一減歩の不当性を主張し続けた。この主張は、その内容からみて設計基準二条但書所定の「申出」に該当することは明らかである。しかるに、被告は、設計基準二条但書の存在すら原告に教示せず、これを無視し、本件仮換地指定をした。

なお、本件訴訟における被告の主張によりはじめて右条項の存在を知つた原告は、昭和四九年一月および三月、右条項に基づく申出を正式に行なつたが、被告は、「仮換地指定後の申出は査定しない。但し隣地所有者の立会いの上で境界を確定し実測を行なえば査定する。」等の意味不明の回答によりこれを受理しなかつた。ちなみに、現在本件施行地域はブルドーザー等による大規模な整地作業が進行中であり、たとえ隣地所有者の立会いを得ても、旧宅地の境界を確定し測量を行なうことは全く不可能である。

以上の諸事実からして、本件仮換地指定は、公権力の行使につき法律の定める適正な手続によることを義務づける憲法三一条に違反し、無効である。

5  (無効原因その三―換地設計基準二条但書に違反し無効)

かりに、換地設計基準二条但書が法一五条および三一条に違反せず有効であるとすれば、本件仮換地指定は、右基準二条但書に違反し無効である。

すなわち、前記(二)(2)(ハ)のとおり原告代表者および同社員又重浩敏は、昭和四六年四月以降本件仮換地指定にいたる迄の間、多数回にわたり、「本件土地の登記簿地積と実測地積に大きな差異があるから公簿地積による均一減歩は不当である」旨を被告に申出た。右申出が右基準二条但書の「権利者の申出」に該当することは明らかである。しかるに、被告は、右申出を無視して同条項に定める理事の査定を行わず、原告に対し公簿地積による本件仮換地指定をした。

故に、本件仮換地指定は、同条項に違反するものとして無効である。

二  請求原因に対する認否と被告の主張

1  請求原因1および2の事実はいずれも認める。

2(一)  請求原因3(二)の事実中、本件土地の地目および登記簿上の地積の点は認め、その余の事実は不知。

(二)  (請求原因3(三)に対して)法八九条一項がいわゆる照応の原則を規定していることについては異論がない。

(三)  (請求原因3(六)(2)に対して)

請求原因3(六)(2)(イ)の事実は認める。

換地設計基準二条但書は有効である。すなわち、

(1) 右規定は定款五四条に基づき理事会にて制定したものであるが、これは理事が組合の業務を執行するに必要な事項を定めたものである。法二八条には、理事の権限は組合の業務を執行することにあるとある。

(2) 右規定の内容は、組合員の所有地の登記簿地積と実測地積とが相違して実測地積が甚だしく増大するときは、理事が査定してその地積を決定する定めである。理事が査定するとあつても業務執行上の必要性によるものであるから、理事の業務執行の一態様であるのである。その理由は、組合が事業を実行するのに土地所有者の登記簿上の地積を基本とすることは事業一般の鉄則であつて、これにより減歩率を定め保留地を計算して区画整理を実行するもので、本件においても定款四二条一項に区画整理の執行は所有者の登記簿上の地積が基準とされ、実測の如何は問わない。したがつて組合の理事は所有者の登記簿上の地積に基づいて組合の業務を執行するのが本来の執行なのである。しかし、登記簿上の地積が相違して甚だしく実測が増大するときは実測地積により執行することの必要性の大なるものがある。すなわち、その方が換地照応の原則に忠実な結果となり又土地所有者は地積の増大によつて利益を得るが、他の組合員には影響はなく、ただ被告において保留地がそれだけ減少するのみであり、全体としてはこれにより事業の運営により好い結果をもたらすことになるのである。

(3) 原告は、換地設計基準二条但書は定款四二条一項但書および二項と対比すると執行機関の内部的準則ではないこと明らかで、無効であると主張するが、右定款四二条一項但書および二項は、所有土地の登記簿について分筆または合筆が行なわれた場合、理事が地積を査定することを規定したものであつて、理事の業務執行についての規準である。一は定款自身において理事の業務執行の規準を定めたものであつて、他は定款が理事をして業務執行の規準を定めることを委任したに過ぎないのであつて、このことをもつて右設計基準二条但書の無効を主張することは独断という外はない。

(4) かりに、換地設計基準二条但書が定款四二条に違背する結果となつたとしても、右規定は理事会の決議を経たうえ総会に報告され、総会において異議がなかつたのであるから、総会は右規定を承認したものというべく、総会の議決権(定款変更)を侵害したものではない。

右理事会の議事録および総会の議事録はいずれも監督官庁たる横浜市長に提出され、何ら詰問を受けてはいないのである。

(四)  (請求原因4に対して)

請求原因4は争う。

原告は、被告が換地設計基準二条但書の存在およびその内容を教示せず、却つてこれを秘匿していたと主張するが、原告は組合員でありながら右設計基準の制定が報告された総会に出席しなかつたので知り得なかつたのであろう。また、被告としては右規定を公示する義務はないが、定款五三条に準じて組合事務所に備付けてあるので、原告はこれを知る機会を十分与えられていたのであり、被告が右規定を秘匿した事実はない。

原告主張の「申出」は、右基準二条但書の定める適式な「申出」ではない。

(五)  (請求原因5に対して)

請求原因5は争う。

原告主張の「申出」が適式な「申出」に該らないことは前記のとおりである。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1および2の事実ならびに同3(二)の事実中本件土地の地目および登記簿上の地積の点は、いずれも当事者間に争いがなく、同3(一)の事実は、弁論の全趣旨により当事者間に争いがない。

二  無効原因―その一について

原告は、「本件仮換地指定は、その要件を欠くのにもかかわらず公簿地積を基準としているので無効である」と主張するので、まずこの点につき判断する。

1  (公簿地積を基準とする仮換地指定の適法要求)

(一)  換地計画において、換地を定める基準となる従前の宅地(法二条六項参照。以下同じ。)各筆の地積(以下「基準地積」という。)の決定方法については、法は直接規定せず定款(但し組合が施行者である場合。)にこれをゆだねている(法一五条一一号、同法施行令一条一項二号)ところであるが、憲法二九条三項および法八九条一項の趣旨からして、公簿上の地積によるよりも、実測地積によつて決定することの方が合理的であり望ましいことは、いうまでもない。しかし、実際問題として、従前の宅地を各筆ごとに実測するにおいては、相当額の費用を要し、ことに、その性質上事業費を事業の施行による宅地の総価額の増加の範囲内でまかない得ることが、事実上事業施行の前提条件とならざるを得ない、組合が施行者である土地区画整理事業にあつては、測量に要する費用の負担が事業の施行を阻害することにもなりかねず、また、測量には相当の時間を要し、事業の進行を遅延せしめ、これがため組合員に少なからぬ不利益を被らせ、ひいては、事業そのものの意義が減殺されてしまう場合もないではない。

法が、前記のように基準地積の決定方法について、直接規定せず、定款の定めるところにゆだね、組合の内部的自治によらしめているのも、右のような事情があることから、各組合に、具体的事情に応じて、その目的達成に最も適切かつ妥当な方法を選択せしめることが、結局、法の目的(法一条、二条一項参照。)に最もよく適合することとなると思料してのことと解されるのである。

(二)  そうとすれば、前記例示のように、公簿地積を基準地積とすることもやむを得ないと認められる相当の事情がある場合においては、特に希望する組合員について、実測地積により得る途を開いている限り、原則として公簿地積を基準地積とするものと定款において定め、これに基づき仮換地指定をすることも敢えて違憲、違法とはいえないと解するのが相当である。

2  そこで、これを本件についてみることとする。

(一)  (公簿地積を基準地積とする相当な事情の存在)

(1) 成立に争いのない甲第三号証、乙第五号証、証人金子銈の証言およびこれにより真正に成立したと認める甲第一一号証、証人又重浩敏、同今春陽の各証言によれば次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。被告組合の施行地区は、本件土地を含む横浜市戸塚区品濃町および同区前田町の各一部の約五八万五〇〇〇平方メートルであること(この点は当事者間に争いがない。)組合員総数は約一七〇名であること。施行地区全体での測量増(いわゆる「縄のび」は約二四%であること。施行地区内の宅地のうち、山林(但し、登記簿上の地目。以下同じ。)の面積は約四五%、畑のそれは約三二%、田のそれは約一四%であり、右の三者で宅地全体の約九〇%を占めていること。右地区は、国鉄東海道本線保土ヶ谷駅と戸塚駅のほぼ中間に位置し、同地区住民の間では従来から、同地区に新駅を誘致したいとの希望が強かつたこと。たまたま東海道新貨物線敷設が計画されるところとなり、この機会をとらえて新駅誘致を実現させるべく、横浜市の示唆もあつて、それに有利な客観的条件を整えるということが本件事業施行の直接の動機となつたこと。本件施行地区近隣における山林の取引は、地積を実測せずに公簿面積を基準とした価格によることが多いこと(現に、原告も本件土地を、公簿地積を基準とした価格で買受けている。)。

(2) 右の認定事実によれば、施行地区全体で「縄のび」が約二四%におよぶ点は、全体的にはそれだけ公簿地積が不正確であることを意味するから、実測地積を基準とすべきことが要請される事情にあつたことは否定し得ないが、他方、山林、田ならびに畑の三者のみで宅地全体の約九〇%をも占める本件において、各筆を実地に測量して地積を決定するとすれば、境界確定の手続等により、多大の労力と経費を要し、事業の施行も少なからず遅延するであろうことが推察できる。そして、前記のように本件の場合は、新貨物線の敷設計画の機会をとらえて、地区住民の長年の懸案であつた新駅誘致を実現されるために有利な情況を作り出すことが本件事業施行の直接の動機となつているのであるから、所期の目的を達するために事業の施行に一定の時間的制約が強く課せられているといわざるを得ないこと、更に、本件地区一帯における山林の取引が公簿地積を基準とした価格によつてされている点は、縄のび率の不均衡による不公平を緩和するものと評価できること等を総合考慮すると、本件においては、実測地積によらず、公簿地積を基準地積とすることもやむを得ないと認められる相当の事情があるというべきである。

(二)  (実測地積を基準地積とする方途の存在)

そして、本件仮換地指定が、被告の定款四二条一項に基づいて公簿上の地積を基準としてなされたものであることは前示のとおりであり、また請求原因3(六)(2)(イ)の事実は当事者間に争いがない。

しかるに、原告は、「右換地設計基準二条但書は法一五条、一六条、三一条所定の手続を脱法して制定されたものであつて無効であり、従つて結局本件仮換地指定は、特に希望する組合員について、実測地積を基準として仮換地を指定する途を聞くことなくしてなされたことに帰する。」旨主張するので、この点につき判断する。

(1) 法一五条一一号(同法施行令一条一項一号)が「地積の決定に関する事項」を組合定款の記載事項としているのは、それが事業の基本にかかわる事項であり、組合に強制加入させられる者(法二五条一項参照。)の利害に重大かつ密接な関係を有することから、これを予め定款に明示させることによつてこれらの者が不測の損害を被ることがないように配慮したものであるということができる(法一四条、一八条等参照。)。

そうとすれば、右換地設計基準二条但書の規定する事項は、まさに「地積の決定に関する事項」であるというべきであるから、これを定款そのものに直接規定することがより法の趣意に適合するものということができる。しかし、右規定は、「一定の場合には実測地積を基準地積とする。」旨を定めたものであり、原則として公簿地積を基準地積とすることを規定した定款四二条の例外規定にあたるものであつて、定款四二条とは別個独立の新たな換地基準を設定したものではなく、右定款の規定を変更(法三一条一号、三四条一項、二項参照。)したものでもなく、かえつて、前記のように憲法二九条三項、法八九条一項の精神から当然要求せられることをいわば注意的に明らかにしたものと解すべき性質の規定であるということができる。また右規定は、前記のように、被告組合成立後において定められ組合総会に報告されたものではあるが、右規定の性質上、被告組合成立後、すなわち組合に強制加入させられた後に組合員がその規定内容を知ることになるが故に、組合員に不測の損害を被らせるおそれがある、ということはできない。さらに右規定は、事業の施行にあたり定款の解釈上或いは具体的適用上問題となるべき事柄について、より詳細にその基準を明示したものということができるから、定款五四条の委任の範囲内の事項であるというべきであり、かつ組合がその定款において右のような事項に関し、組合の業務を執行すべき権限と責務とを有する理事に細則の制定を委任することが許されないとする理由はないというべきである。そして右規定が定款所定の適法な制定手続を経ていることは前記のとおりである。してみれば、右換地設計基準二条但書が法一五条一一号(同法施行令一条一項二号)、三一条一項一号所定の手続に違背し制定されたものとはいえない。

(2) 法一六条(同法六条一項、同法施行規則六条二項三号)が、「減歩率」を事業計画中に定めなければならないとする趣旨は、前記「地積の決定に関する事項」を定款の記載事項とする趣旨と同様のものということができる(法一四条、一八条等参照。)。ところで、前記のように、本件区画整理事業施行地区全体での縄のび率は約二四%であり、被告はこれを前提として本件事業計画において減歩率を公簿面で一九・九六%と定めている。また、前出金子銈の証言によれば、権利者の申出によつて実測地積を基準として仮換地を指定する場合、公簿地積を基準とする場合との増差地積は、保留地分から供出してまかなう予定であるのであるから、それだけ減歩率が低減することとなり、事業計画所定の減歩率と異なつてくることはいうまでもない。しかし、右の点は、換地設計基準二条但書と同旨の規定を、定款自体に定めたとしても何ら異なるところはないのであるし、実質的にみても他の組合員の公簿地積を基準とする減歩率に何ら影響を及ぼすものではないのであるから、換地設計基準二条但書が、法三一条二号所定の手続に違背して、総会の議決を経ることなく事業計画所定の減歩率を変更することになるとする原告の主張は失当である。

なお、右換地設計基準二条但書は、「但し土地登記簿地積と実際地積に大きな差異がある時は、権利者の申出により、理事が査定して定めるものとする。」とあり、「申出」の認められる期限、「申出」にいかなる証拠資料(実測図面、利害関係者の同意等)を必要とするのか、或いは、測量費用の負担(申出人か被告組合か等。)等について何ら明示するところがなく、また「土地登記簿地積と実際地積に大きな差異があるとき」という規定の仕方も含め、右規定はその適用要件があいまいであることを否定できないが、なお前記憲法二九条三項、法八九条一項の精神に則り運用される限りにおいて、特に希望する者に対し実測地積を基準地積とする方途を開いているというを妨げるものではない。

以上のとおり、結局、「本件仮換地指定は、公簿地積を基準としてする要件を欠くことを理由として違法、無効である。」とする原告の主張は失当である。

(三)  なお、原告は、「被告の定款には公簿地積と実測地積との差異があることにより生ずる損害を清算手続によつて補填する方法が規定されていない。」と主張するので、これについて付言する。

成立に争いのない乙第三号証によれば、定款四四条に原告請求原因3(六)(1)主張の如き記載があることが認められる。しかし、右規定の解釈上、右規定にいう「従前の土地の評定価額」とは、定款四二条、同五四条、換地規程(乙第一号証)九条、換地設計基準(乙第二号証)二条の規定からして、公簿地積は基準として従前の宅地の地積が決定されたときはその地積、実測地積を基準として従前の宅地の地積が決定されたときはその地積がそれぞれ基礎となつて算定されるものであることは明らかであり、前記のように、本件においては基準地積決定の段階において実測地積によるべき方途が開かれている以上、右の段階において実測地積によることを選択しなかつた組合員に対し、別途、清算金算定手続において実測地積を基準とする方途を開いておかなければならないとする理由は何らないというべきであるから、この点においても原告の主張は失当という他はない。

三  無効原因―その二について

次に、請求原因4についてみることとする。

(一)  前出甲第三号証、第一一号証、乙第七号証、成立に争いのない甲第六号証の二、第七号証、第九号証、第一三号証、乙第六号証の一、二、郵便官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分については前出又重浩敏の証言より真正に成立したものと認める甲第六号証の一および第八号証、同証人の証言およびこれにより真正に成立したものと認める甲第四号証、第五号証ならびに第一四号証、前出今春陽、同金子銈の各証言によれば次の事実が認められ、右認定に反する証人又重浩敏および同今春陽の各証言部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  本件区画整理事業は、新一開発興業株式会社(以下「新一開発」という。)がその業務を代行して施行していること。同社は、土地開発を目的とする会社であり、昭和四〇年頃から戸塚と保土ヶ谷の中間地域の約八〇万坪を「東戸塚」と称し、開発に乗り出し、本件施行地区の周辺地域である東戸塚前田秋葉地区、同名瀬下地区においても、既に完成或いは現に施行中の土地区画整理事業の業務代行の実績を有すること。本件事業は、昭和四一年頃から新一開発が、その業務を代行することを前提に、同社の提供する素案をたたき台として、施行地区内の有志間で、横浜市の指導を受けつつ検討を重ね、定款或いは事業計画の策定が進められたこと。新一開発は右業務の代行を引受けるに際し、工事費その他の負担の増加があつても、事業計画所定の減歩率を上昇させることなく、同社においてこれを負担することを約したこと。保留地の面積は約一一万四〇〇〇平方メートル(施行地区面積の約二〇%)であつて、縄のび分約一三万八〇〇〇平方メートル(約二三・五%)よりも小さいこと。新一開発は本件施行地区内に約七万八〇〇〇平方メートルの土地を所有している(その殆どは地目山林。ちなみに、本件施行地区全体の面積は前記一のとおり約五八万五〇〇〇平方メートルである。)が、すべて同社名義で登記しており、組合員としての権利行使を有利にするため、形式的に所有名義を分散し、他人名義とするような工作は行なつていないこと。新一開発の社員数名が、被告の理事或いは事務局員として、事業の施行に携わつていること。

(2)  本件換地設計基準の制定の経緯は前記二2(二)のとおりであるほか、右規定が報告された昭和四五年七月二五日の第二回組合総会(原告は欠席した。)において、被告は出席者にそのコピーを配付していること。右規定は、以降組合事務所に備え付けられ、常時閲覧可能な状態におかれていること。

(3)  昭和四六年四月頃から数回にわたり、原告の当時の営業部長又重浩敏は、同社を訪れた(当初は、原告に対する立木補償金の支払を通知するためであつた。)被告の事務局員今春陽に対し、「本件土地は縄のびが非常に大きいから、公簿地積を基準とした均一減歩方式は不当である。」旨を主張していること。しかし、右主張を裏付けるべき実測図面等の証拠資料の提出はしなかつたこと。被告は、原告の右主張を換地設計基準二条但書所定の適式な「申出」として取り扱わず、また、右「申出」の手続をとる方途がある旨を特に示唆はしなかつたこと。原告は、昭和四五年八月一八日の組合理事会において決定された仮換地案が縦覧に供され、かつ意見書提出の機会を与えられた際に、何ら意見書を提出していないこと。また右案が、他の組合員から意見の申出があり、また、神奈川県や横浜市から遊水池の位置変更の指示を受けたこと等の事由によつて、第七回理事会において修正、変更され、昭和四七年六月二〇日から同年七月三日まで縦覧に供され、これにつき意見書提出の機会が与えられた際にも、何ら意見書を提出していないこと。原告は、トランス・グローバル株式会社の子会社であり、本件土地の取得、開発を目的として昭和四三年に設立された会社であること。右換地設計基準二条但書所定の適式な「申出」をした組合員はいないこと。

(4)  なお、原告は、本訴提起後、昭和四九年一月一三日付および同年三月九日付内容証明郵便をもつて、被告に対し、換地設計基準二条但書を適用すべき旨を申入れ、証拠資料として本件土地(但し、戸塚区品濃町字立石奥ノ谷五八七番二を除く。)を含む土地の測量図および本件土地の公図写を提出したこと。これに対し、被告は、おおむね、証拠資料が不十分であることならびに「申出」が認めらるべき期限を徒過していることを理由に、これを換地設計基準二条但書所定の適式な「申出」として受理しなかつたこと。

(二)  右認定事実によれば、新一開発が本件事業と密接な利害関係を有し、また本件事業が同社の一定の影響力の下に施行されてきたということはできるが、さりとて右を超えて、同社が被告組合を意のままに動かしてきたとは到底いうことはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。また、換地設計基準は定款の定めるとおり、総会に報告され、かつ組合事務所に備え付けられているのであつて、被告が特に右規定の存在を秘匿していた形跡があるということはできない。このことは、原告の、公簿地積を基準とする均一減歩方式が不当であるとの主張に対し、被告がこれを換地設計基準二条但書所定の適式な「申出」として受理せず、或いは右規定の存在を指摘し、これに基づき適式な「申出」をするように勧めなかつたことをもつてしても変わらない。何故なら、原告の右主張は、何ら証拠資料の提示を伴うものではないから、右の適式な「申出」とするには極めて不十分なものといわざるを得ず(この点は後記四においても説くところである。)、また右の点に加わえ、宅地開発の専門業者である原告が、仮換地案に対してついに何ら意見書を提出することがなかつた点から推察しても、被告が右原告の言い分が事実上右規定の適用を求める趣意のものと解さなかつたとしても少しも不思議はなく、また被告は、専門業者たる原告が右規定の存在を知らないものと察し、右規定の存在を教示すべきであるとまではいえないからである(なお、右(4)認定の事実も、右原告の申入が、後記四かつこ書においても触れるように、換地設計基準二条但書所定の適式な「申出」に該らないのであるから、原告主張の如き被告の意図の存在を推認すべき間接事実と評することもできない。)。

結局、右認定の事実からは、原告主張の如き、「被告が、換地設計基準二条但書の趣旨を直接定款に規定せず、理事の定める細則への委任という方式を採つたのは、これを定款中に明示すると、実測地積を基準とすることを要求する者が続出して、新一開発の利益を損うから、右規定の存在を秘匿するためである。」ということを推認することはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告の右の点に関する主張は失当である。

四  無効原因―その三について

次に請求原因5についてみることとする。

原告主張の、換地設計基準二条但書所定の「申出」については、前記三(一)(3)認定のとおりである。

ところで、前記のように右規定はその適用の要件が曖昧であつて、「申出」の期限、「申出」に必要な証拠資料等につき明示するところはないのである。しかし、前記二1記載のごとき、公簿地積を基準として地積決定することが許容される理由に鑑み右規定を合理的に解釈すれば、同規定にいう「申出」は、単なる主張では足りず、右主張を裏付けるに足りる証拠資料(隣地所有者等利害関係人の立会ある、不動産登記法施行細則四二条の四第一項に準じた測量図等)の提出を要するものというべきである。

しかし、原告主張の「申出」は、何らその主張を裏付けるに足りる証拠資料の提出を伴うものでなかつたことは前記認定のとおりであるから、これが換地設計基準二条但書所定の適式な「申出」に該らないことは明らかであるといわなければならない(なお、原告が被告に対し、本訴提起後、換地設計基準二条但書の適用を申入れたが、被告は、これを右規定所定の適式な「申出」に該らないとして受理しなかつたことは前記三(一)(4)認定のとおりであるが、前出甲第五号証および同又重浩敏の証言によれば、右申入の証拠資料となつた測量図は、原告が本件土地を買受けるに際し、有限会社日東測量設計社に測量させたものであるところ、右測量図面からは、図面上でも本件土地の地積を正確に求積できないのみならず、右測量は、境界の確定につき隣地地主の立会を得て行なわれたものではないのである。したがつて、「申出」の認められる期限について考察するまでもなく、右原告の申入は、適式な「申出」とはいえないといわなければならない。)。してみると、この点についても原告の主張は失当であるといわなければならない。

五  以上のとおり、原告の指摘する無効事由はいずれも理由がないことに帰するので、本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

横浜市戸塚区品濃町字立石奥ノ谷五八〇番一

一 山林 二三一平方メートル(公簿上)

同所同番三

一 山林 五五五平方メートル(公簿上)

同所五八七番二

一 山林 九九平方メートル(公簿上)

同所五八九番一

一 山林 一九五平方メートル(公簿上)

同所五九〇番

一 山林 五二五平方メートル(公簿上)

同所五九一番一

一 山林 三七三平方メートル(公簿上)

同所同番二

一 宅地 三九六・六九平方メートル(公簿上)

(別紙)

仮換地指定

〈省略〉

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